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「やさぐれる」という言葉が正しい日本語なのか、どうかは別として、『ウォーキング・デッド』に出てくる登場人物たちは、回数が増えるにつれて、まさに「やさぐれて」いきます。

服装はもちろん、目付き、顔つき、行動が、どんどん「やさぐれて」いき、観ているこちらも心が荒んできそうで、正直シーズン4あたりで、リタイアしようとも思いました。

ただ、その中でも唯一「やさぐれて」見えないのが、ノーマン・リーダス演じるダリルなのです。彼はもともとが「やさぐれて」いたので、あまり変化がなく、冷徹な表情を見るとむしろホッとしてしまいます。

初めのころは、なんて冷酷なヤツなんだ、と思っていたダリルが愛おしくてたまらないのです。この作品においては、本当に重要なキャストであることに間違いありません。

シーズン4あたりになると、もう、対ウォーカー(ゾンビ)ではなく、対人間という構図に変わっていき、ウォーカーの登場が台所に突然出たゴキブリ程度の扱いになっています。

「キャー!ウォーカー!」と言いながら、平静な顔で脳天ガツン!

さらにシーズンが進み、シーズン7になると、もう、ウォーカーが「蚊」程度の扱いになってしまい、観ている側も、「なんだウォーカーか、良かった…」と思考がおかしくなっています。

なぜかと申しますと、とにかく出てくる人間が怖いんです。シーズン7は、初っ端でギブアップしそうな、世紀末の世界を描いており、もう観るに耐えられないのが本音です。

昨年、『マッドマックス怒りのデス・ロード』という映画で、荒廃した世紀末の世界を描いていましたが、あの世界が穏やかに思えるほど、『ウォーキング・デッド』シーズン6、7は救いようがない世界になっています。

【ご参考】私もノーマン出演映画を観ているHuluに関する記事


 

シーズン1からの連続登場キャストもリーダーのリック、息子のカール、ダリルなど、ほんのわずかしか残っていません。

そして、シーズン7エピソード1では、いきなり、目を覆うシーンばかりが続き、恐怖のリミッターを越えて焦燥感に包まれます。

まさに、死ぬも地獄、生きるも地獄という世界で、こんなことなら、もっと早く自害しておけが良かったのでは…?エピソード1をご覧いただいた多くの方が、そう思ったはずでしょう。

ダリルにいたっては、独り囚われの身となり、洗脳されそうになりながらも、耐えているのですが、本当に観ているのが辛い。

エピソード4でリックの街で略奪の作業員として連れ出されたダリルが、リックと目を合わせるシーンがあるのですが、セリフこそないものの、二人の視線が熱い友情以上のものを訴えています。

役者の目力を心底凄いと感じた瞬間です。

この先どのような展開になっていくのか…、これ以上観続けるとこちらの心が壊れそうで、正直観るのが辛いのが本音です。

しかし、そう言っても観てしまうのが海外ドラマのスゴイところです。まるで麻薬のような常習性はホントに恐ろしくもあり、これをテレビドラマとして放映しているアメリカって、正直おかしいんじゃないのか、と本気で思ってしまいます。

【参考】ノーマン・リーダス出演映画index